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第130話 匠

 さすがに大晦日と元旦には上原を実家に帰すことにした。  俺も帰るからお前も帰れと嘘をついた。実際はもう何年も親にも姉にも会っていない。家族だから分かり合えると言うのは嘘だと思う。家族だからこそこじれた後は他人よりひどい。  去年の年末も一人で1人静かに過ごしたから平気だと思っていた。それなのにこんなにぽっかりとと心に穴が開いたような気持ちになるんだ。  完全に禁断症状だ、今朝元気に出て行った仔犬がもう恋しい。三箇日が過ぎたら帰ってくるだろう。ほんの数日、それがこんなに辛いとはおもわなかった。  「まずいな、この精神状態。少し離れているだけで不安になる」  独り言が身体に染み込む。テレビの画面はもういよいよ押し迫った年の瀬を伝えている。  あと少しで今年も終わるという瞬間にがちゃんと勢いよくドアが開いた。そして、冷たい外の空気と共に仔犬が真っ直ぐ俺の手の中に飛び込んできた。  「間に合いました!きちんと親の顔も顔見てきました。でも新年は家族と迎えなきゃいけないんです」  「蓮、どうして。俺も帰ると言っていたのに」  「匠さんの嘘くらいわかりますよ。それに俺に家族になってくれるかって、言ったのは匠さんですからね」  俺が家にはもう帰れないんだと以前言った事を覚えていた。たったそれだけの事なのに嬉しい。  「もともと、家に顔だけは出すつもりでしたし、これで十分です」  腕の中で甘えたように見上げるその姿にたまらなくなった。除夜の鐘がテレビから聞こえる。そんなのも、もうどうでも良かった。俺が捉えたつもりだった、なのに捉われていたのは俺の方だったようだ。

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