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第134話 匠

 上原の家の事は何も知らなかった。俺は家族からは縁を切られしまったけれと、あいつは違う。このまま俺と付き合う事によって家族と疎遠になってしまうのは本意じゃない。  小さな会社だと上原は言っていたが、従業員が百人を超えているのなら小さな会社ではない。観光バスや旅行代理店などをやっている会社のようだ。お兄さんが跡を継ぐから俺は自由なんだと言っていた。  そんな訳はない。やはりそれなりの期待はされているだろうし、結婚相手にもそれなりの人というのも解る。  「相手には会ったの?」  別に上原を責めているつもりはないけれど、つい口調がきつくなってしまった。  「あれを会ったって言うんですかね?この前の結婚式で挨拶した女性がそうだったみたいです」  「挨拶だけ?」  「声をかけられて少し話をしました。帰りは兄に言われて、家まで送りましたけれど。そんな話になってるなんて知らなかったんです」  「女性を送って行ったなんて言ってなかったよね?」  分かっている、上原にとっては言うまでもない事だから何も言わなかっただけ。  俺のは単なる八つ当たりだと。認めてもらえるはずもない関係、大切だから家族と引き離すなんてできない。でも手放す事もできない。その苛立ち。  「匠さん、本当にタクシーで送っただけですから。兄さんの秘書だって言うし失礼な態度も取れなくて。隠してたわけじゃありません」  分かっている、上原はもう泣きそうになっている。上原は何も悪くない。  「匠さん、怒らないで下さいね。喧嘩なんて、したくないんです。お願いします」  感情のコントロールは上手い方だと思っていた。なのに上原の事になるとどうしてもブレーキがきかなくなる。

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