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第138話 匠
二人で行った近所の神社でたまたま引いたおみくじが【凶】だった。
上原には見せたくなかったから、そっとポケットに押し込んで丸めた。おみくじには実際に凶が入っているんだなと驚いた。一番下だからこれ以上落ちない、ここからは上がるのみと前向きな意見もあるだろうが、やはり気分はよくないだろう。恋愛と書かれた欄には「再出発せよ」と書かれている。この時期に微妙な内容だと苦笑してしまった。
それからの正月休みは不思議なくらい何も起こらなかった。上原は携帯の電源を落としてしまって見ようとはしなかったから余計なのかもしれない。
結局、上原の結婚の話は曖昧なまま。上原の家族に会って話をするのも構わないと覚悟した俺は少し拍子抜けだ。けれど実際に会えば別れる別れないの選択肢しなかい。ご両親にしてみれば、別れるの一択しかないだろう。
そして、仕事始めの日にいきなり嵐がやってきた。
「田上さんですか?突然の呼び出しに応じていただいて感謝します」
今、目の前で丁寧に頭を下げた初老の紳士は、上原のお爺さんだという。上原には内緒で会いたいと電話がかかってきたのは今日の午後だった。
「単刀直入に申します。蓮を家に帰していただけないでしょうか。嫁、つまり蓮の母親が正月から寝込んでしまっております。お付き合いしているのが男性と言う事が理解できないようです。まあ、あの子は母親にとってはまだまだ可愛い幼い子供なのですよ」
「はい、ご両親のお気持ちも十分にわかります。ただ、帰るのかどうかは私が決める事ではないと思うのですが。」
「私も蓮は特に可愛い。あの子には本当に幸せになって欲しいと思っております。若さという勢いに流されていないとも思えず。どうでしょうか、あの子の母親の事や家族の事を思いやっていただく事は出来ませんか」
一度家に帰したからって別れるってわけじゃない。そう言われても馴染んだ腕の中の仔犬を取り上げられるのは身体を引きちぎられるようだ。
ただ上原のお母さんの話を聞いて、そのまま知らん顔をできるわけもない。
こから帰って嫌な話をしなくてはいけない。そう思うとまっすぐ家に帰る気になれず1人で久々に新宿の店に寄った。
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