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第142話 匠

 上原の手の温もりが、背中から伝わり全身を侵食していく。それなのに、振り返る事さえ出来なくて壁を見つめている。  あれだけ飲んだアルコールも沈んだ気持ちを高揚させてくれる事はなかった。  今抱きしめたらそのまま壊してしまいそう。縛りつけて離したくないと叫んでしまいそうだ。上原が大切だから家族とも引きはなしたくない。いつも笑っていて欲しい。うしろめたいと本人が思っていないのに悪い事をしているような扱いを受けるのは俺のせいなのだから。  そう思って壁を見つめて振り返らず動くこともできなくていたら、絞り出すような声で「好きです」と聞こえた。その瞬間に全てが飛んだ。  びっくりした目の上原が泣きそうな顔で見上げている。  上からベッドに押さえつけるかたちになった俺の目に映るのは迷子の子犬。  「このまま家に帰して、家族に説得された蓮が離れていっても仕方ないと覚悟していたのに、お前は本当にどうしたいんだ」  「匠さん、俺の家族を説得してくれるのでしょう?もう捨てられたのかと思って怖かったのは俺なのに。この部屋から出るのさえ怖いんです」  上原の腕が俺の首にまわる。その手は熱をはらんでいて身体中を侵食していく。俺が摘み取ったはずの花に翻弄され雁字搦めにされている。もう溺れる事しかできない。  底なしの沼にゆっくりと沈んでいくようだ、このまま息が止まってももう後悔しない。触れ合った唇から伝わる甘い毒に侵されて頭が痺れて何も見えなくなった。  同じ温度で求め合いお互いの足りない部分を埋めていく。身体だけでなく、心の中が溢れて満たされて。こんなつながり方は今までなかった。  どちらかの熱が多くて、どちらかが冷めていて。  けれど上原は全く同じ温度。一つになっても足りない。もっと深く一つになりたい。一つの身体になって、やっと完成する。そんな気がする。  「足の爪の先から、この髪の先まで全部俺のものだから。だから失くしたり手放したりしないか」  強い刺激で一気に達するのとは違って、じわじわと追い上げられるのは長すぎる快感に溺れるのが辛い、嫌だと言う。でも今日は泣くまで追い詰めたいと、どこかで思っている自分がいる。声を噛み殺している上原の表情は今にも泣き出しそうで。その顔がさらに煽ってくる。  そして上原の熱病にも似た熱に煽られ、引き摺られて果ててしまった。

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