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第143話 蓮

 「ただいま」  兄さんや父さんが会社にいる時間を見計らって会社を早退して家に帰った。少しでも面倒なことは避けたい。  「あれ?おじいちゃん?何でここにいるの?」  東京の自宅にいるはずのない祖父が一人、俺の帰りを待っていた。  「おかえり、蓮。待っていたよ。田上さんから連絡をもらってね。少し話をしようか」  「え?主任がなんでおじいちゃんに連絡したの?母さんは、部屋にいるの?兄さんから寝込んでいるって電話をもらったのだけれど」  「ああ、心配無い。美智子さんは元気にしている。そもそも勇太郎と美智子さんは勇から何も聞いていないよ。だから、何も知らないし、美智子さんは寝込んでもいない。勇は私にだけ相談してきたからな」  「それって、俺に嘘をついたってこと?」  「まあ、大晦日にあれだけ騒いで出て行ったから、二人とも心配はしていたよ。けれど、勇は何の事かわからないとシラを切り通したよ。だから嘘をついてでも一度家に帰そうとした勇の気持ちもわかってやれ」  「心配させてごめんなさい。でも、好きでもない人押し付けられて、結婚しろって。はいそうですか、とは言えないよ」  「そうか?勇はそれで幸せになれたと言っておるが。きちんと考えて選んだ相手だ」  「兄さんには、その……好きな人はいなかったの?」  「そこは勇に聞け、私は知らん」  「じゃあ、俺は何のために帰ってこいって言われたの?母さんたちに自分で伝えろってことなの?」  「先に延ばしても何も変わらん。まずは少しずつでも理解てしもらう事が必要だろう」  「……じゃあさ、おじいちゃんはどうな?理解して、くれる?」  「理解は出来んな。こっちこそ、はいそうですかとは言えないんだよ、蓮。一時の気の迷いじゃないと証明するならそれだけの時間が必要だろう」  「言われることは、分かるけど。けど、匠さんは独りぼっちで、俺がそばに居てあげたい。ううん、違う。俺がそばに居たいんだ」  「さあ、それが出来るかどうかもお前次第だろうなあ」

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