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第144話 匠
「先日は、取り乱してしまい大変失礼致しました。改めてまして蓮の兄、上原勇と申します。蓮がいろいろとお世話になっております」
「こちらこそ、またお会いできて嬉しいです」
「父も母もとても保守的な考え方をしておりまして、一番リベラルな祖父に今回は相談して蓮を一旦家に帰す事にしました。ご理解いただけますよね」
蓮の母親が寝込んでいるというのは蓮を家に帰すための口実だった事。そして、一番の味方であるはずの親に認めさせる事さえもできないのなら、この先関係を続けていく事も難しくなるだろうという事。それがおじいさんの意見だそうだ、真っ当な意見だ。
「蓮は昔から自由奔放で、私にはできない事を次々とやってしまうんですよ。高校の時の留学にしろ、一人暮らしにしろ。良く言えば、自分のやりたいことに素直なんですが、頑固で決めた事は変えませんし。あいつは自分の決めたことは譲りません、少し羨ましいくらいです」
「蓮は、自分の気持ちに常に真っ直ぐで、眩しい存在です。側にいてくれるだけで、強くも優しくもなれる。大切な存在なのです」
そう答えるとお兄さんが、頷いて少し微笑んでくれたようた気がした。
「今から、少し独り言を……どうか、聞き流してください。実は、私には結婚の話が出た時に付き合っている人、好きな人がいました。しかし親の決めた結婚に従うために諦めました。今はとても幸せで、間違った選択はしていないと思うのですが、時折あの時自分の気持ちに素直に従っていたらどうなっていたのだろうと思う事があります」
何も答えず、言われた通りただ黙って上原のお兄さんの話を聞いていた。
「ですから、蓮の素直な心を応援したいと言う気持ちがどこかにかあります。弟をよろしくお願いします。私はあなたの味方ではありませんが、蓮の味方です」
「ありがとうございます」
お兄さんは他には何も言わず帰って行った。俺は見送りながら深々と頭を下げた。
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