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第146話 匠

 上原からメールが来た。しっかり親孝行しておいでと返信する。恋人として次に会えるのはいつになるのだろう。  一年以上一人で暮らしてきた。だから平気なはず、なのに上原がいないだけで何もする気になれない。夕飯を作ることも面倒くさい。久々にコンビニで弁当を買ったけれど、味がしない始末だ。不味い弁当を缶ビールで流し込む。  いつの間にか俺は上原の存在にに依存していることに驚いた、こんな状態で一体どのくらい持つのだろう。  大晦日の日のようにドアが勢いよく開いて飛び込んでくる子犬がいるかもしれないと、誰も入ってこないエントランスを眺めた。  冷たいベッドに話し相手のいない夜に、そして空っぽの腕の中にありとあらゆるところに上原の姿を求めて心がきしきしと(きし)る。  いつになったら帰ってくるという保証がない。その事が不安を大きく育てていってしまう。 明日会社で普通にしていられるのかと思っていたら、携帯が震えた。  「あ、匠さん?ごめんなさい遅くに。1人で寂しくて眠れなくて」  そうだ上原も同じなのだ、帰れと説得したのは俺だ。俺がしっかりしなくてどうする。  「どうだ?久々の実家は?」  慌てて、何事もないように声色を作る。  「うーん、どうかな。母さんは口を聞いてくれなくなりましたけれど」  けらけらと上原は笑った。  「でも、明日もまた同じ事を伝えてみます」  「蓮、愛してるから」  「電話って……直接耳にささやかれているようですね。なんだか眠れなくなっちゃいそうです。匠さんの声が好きなんです、と言うより全部好きです」  不安なのはこいつの方だ。それでも上原は変わらない。明日は会社で優しく笑える気がする。こんなことで気持ちが落ち着く、自分の単純さに呆れてしまう。  「おやすみ、また明日な」  「はい、携帯を握りしめて眠ります。おやすみなさい」

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