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第150話 匠

 会社では必要以上に話しかけるわけにもいかず、帰って行った仔犬が気になって仕方ない。もう家に着いたのだろうか、一体いつになったら俺の手元に帰ってくるのだろう。家に帰って「お帰りなさい」と駆け寄って来るあいつの姿が見たい。  重い足取りで家に帰る、マンションの部屋を見上げるのも嫌だ。あいつがいないと再確認するためになんて。夕飯も面倒だ、今日はもう酒を飲んで寝てしまおうと考えながら、玄関のドアを開けた。そこには何故か温かい空気があった。  「お帰りなさい」  ころころと子犬が駆け寄ってきた。  「蓮、お前なんでここに」  「嫌だな、そんな怖い顔しないで下さい。きちんと帰りますよ。母さんがストライキ中で。ピザでも取れって言われても一人じゃ食べきれないし。買って持ってきちゃいました」  ニコニコ笑う姿が可愛くて、思わず抱きしめる。  「匠さん、今朝の会議室の続きどうしますか」  「何?それは俺を誘っているの?」  上原は自分の脚を俺の脚の間に差し込んできた。いつの間にか、誘い方さえ覚えたと言うのか。欲求にも素直で、こまった仔犬だ。  「蓮、大丈夫なのか?お前、帰れなくなるかもしれないよ」  そう言うとちょっと困った顔した。  「うーん?それも良いかもしれないですね、でも帰らないともっとややこしくなるのかなあ」  そう言いながらも上原の手はもう俺のベルトにかかっていた。

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