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第152話 匠
上原が笑う、たったそれだけのこと。けれどそれだけで充分。
長期戦はもう覚悟している、こうやって俺のこと考えてくれるだけで幸せ。
「送ってくれてありがとうございました」
そう言って笑顔で上原は俺の手をぎゅっと両手で包んだ。初めて来た上原の自宅の大きさに驚いた。これだけの大きさの家は維持費だってかなりのものだろう。
「また明日な」
歩いて駅まで戻ろうとすると、後ろから上原が袖を引っ張った。
「やっぱり駅まで送らせて下さい、少しでも匠さんと一緒にいたいんです」
上原の目に映る俺はきっと不安な顔をしているのだろう。俺を見つめる上原は不安そうな表情をしている。上原の不安が俺に伝染したか、もしかしたら俺の不安な気持ちが上原に移ったのか。
横に並んで歩く。手をつなぐわけでもないのに上原のいる側から温かさが伝わってくる。
黙って二人でゆっくりと歩く。駅にいつまでもつかなければ良いのにとさえ思ってしまう。
その時、前から歩いてきた女性が目を大きく見開いた。
「あ、母さん」
上原もその女性も立ち止まって動かない。他には誰もいない夜の住宅街で小さい声が反響する。
「何をしているのあなたたち」
口調がきつい、言葉に棘がある。そして拒絶されているのが良くわかる。
「初めまして、田上匠と申します」
その挨拶は聞こえなかったものとして処理されたようだ。上原のお母さんは、何も答えずに上原の手をぐいっと引っ張ると今俺たちが来た道を引きずるようにして戻っていった。
「帰りますよ、蓮」
上原はちょっと困った顔をして、それから俺に手を振ってその女性と帰って行った。。
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