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第154話 匠

 上原のお母さんにはやはり挨拶さえしてもらえなかった。  この調子だと、今週末は独りきりだろう。何か予定を入れようと思うが、何も思いつかない。ついこの前までは週末にも自分の時間があり、それなりに楽しかったはずなのに。二人で過ごす時間がどれだけ意味があったのか、楽しかったか改めて考えた。ゆっくりと気持ちを落ち着けるために風呂に入っても、アルコールを摂ってもなかなか寝付けない。  「蓮、何している?」  声に出して呼びかけてみる、返事はないことは分かっているのに。それでも駆け寄ってくる姿が見えるような気がする。  携帯が震えたのが分かった、まだ寝ていないのかと開くと何故かカレーの写真が送られてきた。  「母さんと話が少しできました」と添えられている。なぜカレーの写真をと不思議に思うが 「それは、よかった。また明日会社で、おやすみ」と返信をした。  メールを送るとすぐに着信があった。  『匠さん、もうお休みになったのだと思っていました。ベッドに入る前に声を聞いてからと思ってしまって、ごめんなさい。こんなに遅い時間に』  「いや、声が聞けてうれしいよ」  それから他愛も無い話しをして電話を切ろうとした時。  『あの、匠さん。もしも良ければ、金曜日の夜にこちらへ来ていただけますか?母が、その、父もなんですが、いるからと。大丈夫でしょうか?』  「大切なことは最初に言えよ。もちろん伺うよ。蓮と一緒に居られるように、できることは全てやるよ」  そう、何もできないかもしれないが。まずは一歩ずつ近づくことが大切。  『匠さん、ありがとうございます。嬉しくて、眠れそうにないです』  そう悪戯っぽく言うと「おやすみなさい」と囁くように言って上原は電話を切った。  その声に俺は、眠れなくなってしまったようだ……。

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