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第158話 匠

 一緒に暮らすのは無理だとは分かっていた。けれど諦めろと言われたわけじゃない。多分、上原のお兄さんもお母さんに口添えしてくれたのかもしれない。ご両親の気持ちもわかる、何とか上原を俺から引き離したいのが本音だろう。もともと諸手を挙げて賛成とはならないとはわかっていた。  それでも上原に嘘をつかせないで済んだ事、家族から無理に離さずに済んだ事に感謝しなくてはいけない。  客間に布団を用意してあるからと言われ案内された。ところが上原が後をついて来て、自分の部屋を見せたいと子供のように俺の手を引く。  こいつの位置は家族の中にあっても可愛い存在なのだ。  「匠さんこっちです」  連れられて二階へ上がる。白を基調としたシンプルな部屋で、俺の部屋と違った優しい空気が流れている。  ドアを閉めるまで俺の周りにまとわりついていた仔犬が、すっと腕の中に収まった。  「今日はありがとうございました」  そう言って見つめる瞳が揺らめいている。  「蓮、分かっているとおもうけれど、さすがに俺もここでは無理だ」  すっと目を閉じた上原に引かれるように近づいて唇を重ねる。柔らかいその感触に引き込まれて行く。何度も角度を変えて口づけると、だんだん息が熱くなる。  ああ、まずい。さすがに今日、ここではまずい。  理性が総動員して俺を引き戻してくれた。  「頼むから、雪の中に追い出されるのは困るからね」  「ごめんなさい」と見上げるようにして、上原が笑う。胃の後ろのところに痛いような熱いような感覚が起きる。  「押し倒しそう。蓮、その顔は反則だから」  「明日、匠さんところに行きますから。今夜一晩は大人しく我慢しますね」  そう言いながらも、腕の中から出ようとしない。  「我慢してるの俺だから、用意してもらった部屋に戻るよ」  上原は明らかに残念という顔をする。俺は修行僧の気持ちが良く分かった。

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