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第166話 匠

 上原を家まで送って行ったら、玄関に上原のお母さんが立っていた。偶然なのか?それとも心配で何度も出入りしていたのか。  やはり愛されて育った子なのだと思う。大切にしなくてはいけない。上原を降ろして、お母さんに頭を下げる。確かに目があったはずだ。だけど、お母さんはまるで何も見なかったかのようにすっと家に入っていった。  まあ、そうだよな。そう、仕方ないこと。  「明日迎えに来るよ」  そう言って上原の頭に手をのせ、いつものように軽く触れる。安心したように笑うと手を振って家に入って行く姿を見て、ああ帰さなきゃ良かったと思い始める。独りで眠るのは身体も心も寒い。大きく息を吸うと、ハンドルを自分のマンションへ向かって切った。  その日の夜は、どうしてか上原から連絡が一切無かった。丸一日一緒だったし、明日も会える。なのに何度も携帯を確認してしまう、本当に非建設的だ。  明日の事を考えたらすぐに眠るべきだ。連絡来るのを待ち過ぎて、自分から連絡しそびれたまま三時をまわってしまった。  今更連絡してもと思い諦めて目を閉じた。     ……ん?明るい。  携帯のアラームをかけずに寝てしまっていた。まずい、何時だ。携帯を手に取ると、画面いっぱいに上原からのメッセージ。  メッセージを慌てて開く。昨日家に帰ったらおじいさんまで来てて飲まされたこと。酔って寝てしまった事。連絡も出来ずにごめんなさいとあった。  「何時に来ますか?」  「匠さん、怒っていますか?」  最後のメッセージは30分前。慌てて電話をかけると「はい」返事があるのと同時に部屋のドアが開いた。  どうやら俺の仔犬は「待て」が出来ないらしい。

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