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第167話 蓮

「匠さん!おはようございます」  扉を預かっている鍵で開けると、一目散に主任に飛びついた。メールの返信もないし、連絡もつかないし、心配になって来てみたらベッドの中に寝ぼけた主任がいた。  ああ、なんだか意外。いつもしっかりしていて、俺の先を行く主任の寝起きの顔や、整えられていない髪は新鮮。  「蓮?……おはよう」  あれ?もういつもの主任だ。ぎゅっと抱きしめられると身体から力が抜ける。軽く口づけられて「はぁ」と息が漏れる。主任の胸にとんと頭を預けて腕の中に身体を浮かせた。  「ん?どうした、このまま一日ここで過ごす?俺は良いけど」  いつもの意地悪な口調だ、良かった怒ってない。  「それも良いかも知れませんね」  そう言うと、ぷっと笑われた。  「冗談だよ。蓮、明日会社行けなくなるなこれじゃ。準備するから少し待っていて」  今日はアパートから業者に任せる荷物以外を全て持っていく。それだけだから少しくらいベッドの上で休んでいてもいいのにと、すっと立ち上がった主任の姿を見て残念な気持ちになった。けれど、昨日のように気が付いたら夕方ってわけには今日は行かない。さすがに今日は早く帰らなきゃいけない。  それでも一緒に居られる時間が心地よくて、誰かを待っているだけで優しい気持ちになれるなんて。コーヒー落としながら、主任の様子をうかがう。こんな時間が何よりも愛しいと思う。  「はい、どうぞ」  コーヒーをテーブルに乗せると、少しだけ目を細めてふわっと笑われた。泣きたくなるような暖かい痺れが身体の中心に広がっていった。

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