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第178話 匠
「ただいま帰りました」
上原がマンションのドアを開けて誰もいない部屋に向かって言う。ああ、帰ってきたんだ、俺の大切な宝物が手の中に。
そしてくるっと俺の方に向き直ると、「お帰りなさい、匠さん」と微笑んだ。
両手でしっかりと抱きしめて、小さく囁いた。
「ただいま。そしておかえり、蓮」
それが合図のように何度も何度も口付けた。だんだんと息があがってくる。
「ん、レンタカー返しに行かなきゃ。蓮、ダメだよ。このままじゃ止まらなくなる、頭冷やしてくるよ」
そう言うと、「ちょっと残念」と、上原が笑った。
「明日会社だから今日は素直に寝ろ。先に風呂入ってて、直ぐに戻るから」
上原は「はい」と返事をする、素直な仔犬は可愛い。
暖かい、明るい部屋に帰れば上原が待っている。ああこの感覚、久々だ。そう思うだけで足取りが軽くなる。
やっぱり車を買おう。週末はディラーまわるか、そう考えながら部屋に戻った。
風呂上がりの上原は既にベッドの中に大人しく横になっていた。シャワーを浴び俺のために空けてあるスペースに潜り込むと、仔犬を抱きしめる。
ああ、気持ち良い。こいつの滑りの良い肌、この手触りが。上原がパジャマ代わりにしているのは、俺のお古のスエット。最初にこいつを拾った時に着せたやつ。
このくたくたの肌ざわりが好きだと、よく着ている。
緩めのスエットは中で俺の手を自由に動きまわらせてくれる。だから俺も上原が着ているのが、お気に入りとなった。
「匠さん好きですよ」
そう言って腕の中で安心して目を閉じる、これだけ穏やかな気分で目を閉じるのはいつ以来だろう。
「おやすみ」
上原の髪に軽く口づけてから、俺も眠りに落ちていった。
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