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第180話 匠
ついさっきまでは楽しかった。上原は可愛い弟を迎えに行くと楽しそうに言ってた。この匂い立つような色気男が、上原の弟だって?冗談じゃない。
そもそもなぜ俺の仔犬が他の男の腕の中にいるんだ?
すぐに俺の視線に気がついたのか、思いっきりの敵意を向けてくる。
一週間、こいつが上原の家にいる間、通訳として上原が自宅に戻る事になっている。もともと両手をあげて賛成とは言えなかったが、これはもう駄目だろう。いや、と言うより、駄目だ。こいつの上原に向ける目は弟のそれじゃない。
蓮は俺のパートナーだと伝えたら、俺の方が先だと言い返された。小学生の時の上原にプロポーズして、受けてもらったと言い張る。十八歳になったら迎えに行くと約束していたと。
お前の方が後から出てきたくせに、何をしているんだと文句を言われた。
その間、上原はずっと目を丸くして驚いていた。
「匠さん、違いますから。別にザックの事、恋人だとか思っていませんから。と言うより、もともと、プロポーズ受けた記憶なんてありません!」
上原はそう思っていなくても相手は、そう思っている。そもそも上原に求婚したって小学生で?そして上原がそれを受けたってどういうことだ。
「後、何年で会えるねってクリスマスカードには毎年書いてあったけれど。別にメールが頻繁に来るわけでもないし、あれ以来一度も会っていないし」
上原は困った顔をしている。
十八歳になるまで我慢していたのに、横からいきなり入って来て何だと怒っているガキに対して大人気ないとはわかっているが、見逃してやるわけにはいかない。
今まで凪だった天候が台風到来となった。そんな嵐の1週間の幕開けだった。
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