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第182話 匠

 冗談じゃない。こいつはノックもせずに入ってきた。上原は子どもだからと言うけれど、俺からすれば上原と変わらない。  「えっ!何するの!」  上原の問いには何も答えないで、いきなり殴りかかってきた。避けた手は俺の頬を掠めていった、こいつ本気だ。  慌てた上原が俺の前に飛び出した。  それがかえって怒りを煽ったようで、ぐっと握りしめた手は小刻みに震えている。まさか上原が俺を庇うように立つとは思わなかったのだろう。真っ直ぐにザックを見つめて上原が言う。 「高校生の時の俺が何を言ったのかわからないけれど、俺はザックとは付き合えないからね」  大きく息を吸いこむと、笑顔を作ったザックは「大丈夫、まだ時間はあるから」と上原に言う。そして俺の方に向き直って「俺のものは、返してもらうから」と言い放った。  何で俺は奪ったはずのない上原を返せと言われているのか理解できない。こいつは最初から俺のものだ、というより誰のものでもない。自分で選んで俺のそばに居るはずだ。  食事の支度が出来たと階下から声をかけられた。  夕飯の食卓は子供らしく笑うザックと、怒りを抑えきれない俺と、何も気がつかないご両親との間で引きつり笑いをしながら通訳に徹する上原がいた。  「本当に良い子ね」  お母さん、それ以上そいつが良い子だと言わないで下さい。頭がクラクラしています。  「寮に入らなくても家にステイすれば良いのに」  「え?それは」  俺が口出す事じゃない、けれど困る。

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