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第184話 匠

 午後になって上原が出社して来た。顔を見てほっとしたのもつかの間、終業時間に自宅から連絡のあった上原が困った顔をしている。  俺が困らせる分にはいくらでもいい。でも他のやつに迷惑かけられるのはごめんだ。  「すみません、何か実家でトラブルがあったらしくて、申し訳ありませんが今日は定時で上がらせていただいてよろしいでしょうか?」  暗に俺に今日は実家に戻らなくてはいけないと伝えているのだろう。「はあ」と小さいため息が出た。  「分かった、トラブルって大丈夫なのか?」  「ええ、家で預かっている留学生がいるのですが……具合悪いらしくて言葉が通じなくて母が困ってるようなんです」  周りの目もあるから、あくまで業務的に報告してくる。さっきの困った顔から、昨日のあいつだとは思っていたが。  「お先に失礼します」  「ああ、気をつけて」  今日の夜もまた一人かと思うと帰りたくなくなる。久々に一人で飯を食うのだ。今日の夜はマンションに帰りたくない。  しばらくして上原からメールが来た。  『すみません、今日は実家に泊まります』  「昨日もだっただろう」と大人気ない事を思う。けれどもそんな事を言うほどガキじゃ無い。返信しないのも負けたようで悔しい。 『仕方ないね、皆さんによろしく』と、心にも無い返事をした。

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