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第189話 蓮
車の助手席に乗り込むと、運転席に座った主任がエンジンをかけると同時に俺の名前を呼んだ。
「はい?」
振り返ると軽く口づけられた。驚いて一瞬身体がぴくりと動く、ああ心臓が破裂するかと思った。どきどきする。恥ずかしくて下を向いたら手が差し出された。
「はい」
「え?匠さん?何ですか?」
「はい、ここに蓮の手を乗せて」
主任の手の上に自分の手を重ねると指を絡めて握られた。そしてそのまま離してくれない。緊張で手に汗をかきそうだ。
「どうする?ドライブでも行く?」
「あの、食事は」
「ん?外食したい?」
「いえ、テイクアウトにして真っ直ぐにマンションに帰りませんか?」
主任は軽く笑う。「同じことをを提案しようかと思っていたよ。気が合うね」そう言われて恥ずかしくて耳まで赤くなった。
車の外を流れていく街の灯りも今日はいつもより綺麗に見える。主任の横顔をこの角度からいつまでも眺めていられる。仕事の時は、さすがに横顔を見つめているわけにはいかない。けれど車の中なら堂々と見つめていられる。
信号で止まった時に主任が振り向いて微笑んだ。
「蓮、どうしたの?ずっと視線感じるんだけど。今から煽られてるのかな。後で大変な思いするのは蓮だからね」
もう、どうなっても良いかなと思う。
「匠さんが足りないみたいです」
そう答えると「まったく」と、盛大にため息をつかれた。
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