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第193話 蓮

 台風一過、凪の日が続いている。  ザックはすっかり俺の家で息子のように振舞っていて、楽しそうにしているらしい。呼ばれて主任と食事に行くと、ものすごい顔で主任を睨みつけるのだけは止めないのだけれど。  「蓮、その人が嫌になったらいつでも俺のところに来てね」  「ないよ、大丈夫」  毎回の挨拶がこれになった。その度に、横で勝ち誇ったような顔をする主任がいる。普段は大人なのになぜかザックのことになると子どもの様になる。こっちが恥ずかしくなるからやめて下さいとお願いする始末だ。  「携帯に無料通話アプリを入れたからいつでも連絡できるよ、WiFi環境じゃないと使えなけどね」と、言っていた。アメリカから持ってきた携帯で何とかなるものなんだと感心する。  それ以来、毎日メッセージが来て、時折主任がへそを曲げるのが面白い。少しぐらい妬いてもらえるのはやはりうれしい。  このまま時はずっと静かに過ぎていくのだと思っていた。新たな台風がすぐそこに来ているとは欠片も思わなかった。  四月になり新入社員が入ってきて、ようやく俺も先輩と言える立場になった。  同じ課に配属されてきたのは、福田と言う新卒で真面目くん。俺とは正反対の大人しくて落ち着いた子だった。合わないかも、仲良くなれないのかなと思っていたけれど、何となく風景に馴染むようにそこにいる。  台風の原因はその福田じゃない、彼には何の問題もない。問題は福田の同期の横山と言う男だ。毎日、時間を見つけてはやってくる。  ……そして、横山が来るたびに何故か主任の態度がおかしい。  「匠さん、あの新入社員知り合いなんですか?」  一度それとなく聞いたことがある。その時の誤魔化し方が、どこか覚えのある嫌な誤魔化し方。そう、紺野さんの事を聞いたあの日と同じだった。  「まあ、昔偶然会ったことがあるかもしれないな……と思っているけれど」  絶対に何か隠してる?  こうやって、疑いを持つのは本当に嫌な気分。黒い(おり)が少しずつ底に溜まっていくそんな感じがする。

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