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第197話 蓮
何故だか今日は帰りを待っていなきゃいけない、そんな気がした。会社の入り口が見える近くのファーストフード店でコーヒーを飲んで主任を待つ。
「あ、匠さ……」
出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。何も言われていないという事は、聞かなくてもいいということなのだ。
今日見かけたあの新人がにこにこと主任の後をついて歩いて行く。今日は帰りは遅いのですか?と、聞いてもいいのかと悩む。しばらく画面をにらんでいたら、メールが飛び込んできた。
誰と一緒とだも、どこにいるとも書いてない。夕飯を食べてくるから少し遅くなるとだけ知らされる。
うん、帰ろう。俺が聞くべき事ならきっと話してくれるはず。聞いちゃいけない事には踏み込まない。
マンションに帰っていつものように風呂沸かして、食事はコンビニ弁当ですませる。温かくても全く味気ない弁当で済ませる。
テレビをつけると面白くも無いお笑い芸人が自分たちだけ楽しそうに画面の中で笑っている。
「俺、やっぱりこの面白さ理解できないや」
自分が独り言を言ったという事実に驚いた。誰かに話しかける癖がついてる。「昔、偶然会った事が」ってどんな偶然なんだろう。考えてはいけない事ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
気が付けば、考えはそこへと向かっていく。やめておくべきだ。
「ただいま」
思っていたより早い帰りに、慌てて玄関まで迎えに出た。いつものように「おかえりなさい」と荷物を受け取ればいい、いつものように……そう思っていたのにできなくて、思わず抱きついてしまった。
安心したいと思った、大丈夫ですよねと確認したかった。口づけようとしたその瞬間にふっと顔をそらされてしまった。
え……どうして?
主任は何も言わずに横をすり抜けるようにして部屋に上がっていった。
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