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第202話 匠

 食事から戻って来てから、上原の様子がおかしい。何故か微妙な距離感がある、ふと手が触れそうになった時にびくりと手を引かれた。何の話をして、上原が何を考えているのか不安になる。誰かの言葉を借りて違う形で伝わる前に、自分の口で正しく伝えておくべきだった。過去は過去。今更、変えようが無いのだから。  そして今、マンションのリビングで俺たちは危機的状況にある。  「匠さんと付き合ってるって、きちんと皆に認めてもらうようにしたいのです」  「それだけは、駄目だ」  これだけは上原の家族との約束だから。  「なぜですか?どうして駄目なのですか?」  「蓮、お前は……俺以外の男とも寝る事が出来るのか?」  「え、なぜそんな事を言うのですか?そんなこと無理に決まっていますよね」  「そうだ、お前はもともとストレートだ。俺はお前と別れたらとしても、次に付き合うのは間違いなく男。だから俺は万一、ばれても仕方ない。けれど、お前は駄目だ。先々、困るのはお前だから、それはできない」  「匠さん、ちょっと待ってください!それって、将来別れる可能性があると考えているって事ですか……」  違う、俺は考えていない。けれど、絶対はあり得ない。結婚した男女にも絶対は無いんだ。何のしがらみも無い男同志だからこそ、余計にこの先は不安定なんだという事が分からないのだろうか。  どんな事があっても将来の上原の障害にだけはならない。こいつが必要としてくれる限り、側にいて与えられるだけのものを与えてあげたい。  そして、もしも俺の手を離したいと、上原が思った時には……。  「そうか、そうだよね。うん、匠さんごめんなさい。何か勘違いしていました。みっともないですね」  「そうだよね」と、自分に言い聞かせるようにもう一度小さく上原はつぶやくと、この話はもうおしまいにしましょうと笑った。

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