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第204話 匠

 翌朝、上原が朝食のテーブルでいつものように、にこにことしている。笑うと相変わらず犬っぽいなと思いながら見ていた。  「匠さん、今日なんですが、実家に少し行ってこようかと思っているのですが」  「ん?実家に?良いよ、何時頃出る?」  「えっと、会社帰りに真っ直ぐ行きますから一人で行こうかと思っているのですが」  え?上原の親御さんに了承を得て暮らすようになってから、実家に帰る時はいつも一緒だった。そもそも上原が金曜日の夜に俺を一人で置いて出かけた事は今までなかった。  「蓮、何かあったのか?」  上原は綺麗に笑うと、首を横に振った。  「いえ、少し用事があって。土曜日の夜には戻ってきますから、良いですか?」  良いも悪いも自分の家に帰るのに上司の許可はいらないだろう、恋人の許可もそうだ。俺が毎回行かなきゃいけないと決まっているわけでもない。  「ああ、もちろん。気をつけて」  そう答えながらも、なんだか胸がざわざわとする。単に実家に上原が行きたいと言うだけなのに。  昨日の話は、きちんと終わったはずだ。俺達の仲は明らかにしないと言う事を上原も納得していた。言い争いになったわけではないし、横山に何か聞いたわけではないようだし。  それなのに何だろうこの違和感は。  「明日の夜、迎えに行くよ」  いつものように笑って「じゃあ、お願いします」と上原が答えた。  何も問題はない……はずだ。 家に帰るだけだ。理由なんていらないはず。

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