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第206話 匠

 何かが引っかかって、気になって仕方なかった。なぜ急に一人で実家に帰らなくてはいけないのだろう。  仕事を早々に片付けると、一旦自宅に戻り車で上原の家に向かった。今日はどうしても行かなくてはならないって気がしていた。  車を近くのコインパーキングに停め、上原の家に向かうと玄関のところで、上原のお母さんに会った。  「あら?今日は蓮だけ帰って来るって聞いていたけれど、一緒だったのね。先に荷物持って行ってくれる?」  渡された荷物をもって、上がる。リビングのドアを開けて驚いた、何故か上原は他の男の腕の中にいて今にも取って食われそうだった。まさか恋人の浮気を見せつけられるとは、夢にも思わなかった。一体なぜこうなった?  「ザックどういうつもりだ、お前なんで……」  もしも、上原が自分からこいつを選んだのなら俺が邪魔者になる……そんなの冗談じゃない。どうして俺が上原から切り離されるんだ。もしも上原が自分から離れたいと言ったら手を離してやるだって?絶対に無理だ、何があってもそんなことはできない。知っていた。  「匠、ジェラシー?ふざけてるの?蓮にあんな顔させといて。俺ならあんなに不安な顔はさせないよ。返せよ、大切にできないのなら」  あんな不安な顔、どんな顔をさせたって言うんだ。いや、本当はわかっている。昨日の夜の泣き出しそうな顔。見ないふりをした、上原の不安。  「お前のこと、本当に嫌いだよ、ザック」  「偶然!俺もだ。こんなしょぼいオッさんに好きな人が惚れてるとか、信じられない」  「まあ、今回は感謝しておくよ。蓮が俺にとってどれだけ大切か再認識させてもらったからな」  「お礼なんて言われたくないね、さっさと別れてくれれば良いのに」  そう小声で言うとザックはにやりと笑った。まったく、十代のガキに諭されるとは思わなかった。

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