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第217話 蓮

 新しい部署では同年代の社員はいない、当然一番下っ端ということになる。ルート営業としてようやく一人で回れるようになったばかりで、新規顧客はまだ主任のアシストが無いと難しい。そんな状況で海外事業部などと言われていも、右も左もわからない。  単なる通訳でいいのなら、俺よりも出来るやつがいるはずだ。そう思いながらも口には出せない。ただ、淡々と言われた書類を準備する。  今迄は主任に助けを求める事も出来たが、部署が違えばそうはいかない。社内でも伝えていい事と、いけない事がある。だから家では仕事の話はまったくできない。それが少し新鮮で不思議だった。  「蓮、飛行機ってお前大丈夫なのか?頼むから他の男の手を取らないでくれよ」  出発の日の朝、主任はそう言って笑って送り出してくれた。  出張はたった3日だけ、けれど誕生日に被っているだけで本当に長く感じてしまう。去年の7月はまだ主任の事が好きかもしれないと、苦しんでいた。あっと言う間の一年だったなと、異国の空の下ぼんやり考えてしまう。  仕事をしている時は、時間に追われて過ぎていく。  夜、違う国の生暖かい、砂の匂いのする空気の中で、主任の事を考える。  この一年のように一緒に時を重ねていく、その先に主任と俺には何があるのだろう。来年の誕生日は主任と一緒にいられるのだろうか。兄さんは将来子供の成長を見守り、そしてまたその子の子供を見つめて老いていく。  そうやって人は縦に時を繋げている。俺と主任の時間は常に横につながっていて、縦糸を紡ぐ事は無い。  何の約束もない未来に不安になる。24歳を迎えたその瞬間は不安の中でもがいていた。

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