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第220話 匠

 「リズ!」  大きな声が後ろからした。振り返るとザックがニコニコ笑ながら近づいて来る。あ、こんな子どもらしい顔をする事もあるんだと、不思議な気持ちになる。  母親に「会いたかったよ」と抱き着いたと思ったら、いきなり上原に抱きついた。  「遅くなったけれど、誕生日おめでとう、蓮」  そう言いながら、上原の頬にザックがキスをした。  「あっ!」思わず声が出た。先に「おめでとう」と言われてしまった。もう全部負けてる気がする。俺の声に始めて気がついたように振り返ると、にやりと笑う。さっきまでの子供らしい顔はどうしたんだ。  「ああ、そこに居たんだ。匠」  明らかに見えていたはずなのにと、腹ただしくなる。  「一人で迎えに来たのか?送っていってやる」  決してザック、お前のためじゃない。これは上原のためだ。  「ありがとう、匠さん。じゃあ、リズ行こうか?」  上原が優しく笑ってザックの母親と話始めた。俺は「誕生日おめでとう」と伝えるチャンスを逸してしまったようだ。  楽しそうに話す三人の輪にも入れずため息が出てしまう。週末は2人で誕生日の仕切り直しと思っていたのに、「明日は浅草を案内するよ」と上原が楽しそうに話している。聞こえてくる今晩と明日の予定に反対するわけにもいかず、無理をしても電話するべきだったと後悔した。  月曜日は代休をもらってあるので、このまま月曜日まで実家にいますねと、上原に笑顔で言われた。  俺は結局一週間、家出した迷子犬が見つからない状況に置かれることになったようだ。

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