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第229話 蓮
「上原、報告書」
新しい上司は、常に単語単位でしか物を言わない。出張の報告書は既に提出した。という事は、何の報告書だろう。
ぽんと投げてよこされた出張報告書には付箋がいくつかついていて、一つ一つに小さくて綺麗な文字でコメントが書き込んであった。
ああ、なるほど。報告書を直せと言う指示だったんだと理解した。足りない資料を作成し、写真を差し替える。もう少し言葉でコミュニケーションを図ってくれてもいいのにといつも思う。
坂下さんってどんな方ですか?そう主任に聞いた時「ああ、俺の二年上だ。寡黙な人だけど、仕事は出来るよ」と言われた。これじゃあ寡黙と言うより、ほぼ無言。付箋じゃなくて口頭で伝えてくれればいいと思う。
「上原、少し話がある」
珍しく、会議室に呼び出された。何の話かと緊張していたが、しばらく沈黙が続く。ひたすら見つめ合う形になって困る。
「あの、坂上係長?何のお話でしょうか」
とうとう静寂に耐え切れずに、質問する形になった。
「アメリカ行けるか?」
「それは、短期ではなく、駐在と言う事ですか?」
そんな気はしてたけれども、いざ現実味を帯びてくると無理ですと言いたくなる。
「まあ、そうなるかな」
そうかなって何だよ、こっちにだって都合がある。
「とりあえず、部長と俺と後は二人」
営業から回されたから生産管理も何も知らない素人だ。何のために俺を連れていくのか理解できない。
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