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第234話 匠
今日、俺の仔犬は独りできちんとお使いをこなしてきたようだ。まあ、多少の騒動はおこしたようだが、俺の下に迷わずに帰ってきた。
実家でどんな話をしたのか、そこまではわからないけれど、しっかりと自己主張してきた事は容易に想像できる。
一生側にいるからといくら言葉で繋いでも、何の社会的保証も契約もない。その儚い関係をここまで信頼して、全てを預けてくれる。本当に俺には過ぎた恋人なのかもしれない。
膝の上に収まりの良い上原の身体を抱き込むと、髪の毛の中に指を埋めてくしゃくしゃと頭をなでる。上原が気持ちよさそうに目を閉じる。愛おしい誰にも渡したくない。
「蓮、俺だけだ、他は何も見なくて良い」
俺自身はもう既に誰も見ていない、今腕の中にいるこいつの存在だけが全てだと思える。
上原はくすくすと笑う。
「何を言うのですか、匠さん。他の誰も見た頃ありません。今までも、これからもあり得ません」
ああ、もうどうしたらいいのか、こいつは俺をどうしたいんだ本当に。
可愛いと思っていたが、もう最近は破壊的だ。
「お前は俺をどうしたいんだか」
その言葉に少しだけ不思議そうな顔をして俺を見上げてくる。「ただ、匠さんにこのままずっとこの手を離して欲しくないだけです」と、蓮は俺の指に自分の指を絡めて、合わせた手を、絡んだ指先を愛おしそうに見つめていた。
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