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第238話 匠
上原のお兄さんから電話があり、二人で居酒屋のカウンターに並ぶ。
「水野君と話をしました。父は先方へどう伝えれば良いのかと悩んで、腰が重くなっていたので」
「重々承知でしております。まさか、男と付き合っているからとは……言えないでしょうし」
「彼女と話しをして驚きました。一旦、結婚して家を出たら、その後で離婚すれば良いと考えていたようです」
「え?じゃあ蓮、いえ弟さんの事を気に入ったと言うのは?」
「ええ、取りあえずこの人なら良いという気持ちだったようです。蓮には将来を約束した相手がいると伝えると、本当に驚いていました。自分の事しか考えていなかった、謝りたいと言うので今日は二人を会わせました。これが最後でしょう」
なるほど、それで上原は件のお嬢さんと、レストランの個室で二人きりか。狭い空間で二人きり。そんな心配をしている自分が情けないが、心配なものは心配なのだ。
話が終わったら連絡をくれ、迎えに行くとトイレに立った時にメールを入れておいた。
上原の結婚話はこれで消えても、今回の人事移動が覆る事はないだろう。この先の上原の処遇について、専務がどう出るのかは全く想像がつかない。
上原のお兄さんに礼を言い、少し飲みながら話していたら携帯がなった。
「蓮ですか?どうぞ出てください」
失礼しますと席を立ち電話に出る。
『匠さん?今、水野さんタクシーに乗せました。これから帰ります』
人の動く気配がした。振り返ると上原のお兄さんか伝票を持って立ち上がり軽く会釈して出て行くところだった。
『私は蓮の味方です』いつか言われたその言葉が蘇って来た。
その後ろ姿に深々と頭をさげる、ひとつ大きな借りを作ってしまったようだ。
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