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第239話 蓮
二人で並んでマンションに帰る。そう、帰るんだ。
「匠さん、我儘を言いたい気分なんですけれど、言ってもいいですか?……匠さんを全部、丸ごとください」
主任は笑いながら答えてくれる。
「もう全部、渡しているよ。全てお前のものだから」
「違うんです、今だけじゃなくて、この先の人生全部です。俺の未来も全て匠さんにあげますから」
「どうしたの蓮?そんな可愛い事言って。今、ここで抱きしめてキスしたくなるだろう」
さすがに通りでのキスはちょっと無理だとは思うけれど。誰もいない暗い道、このくらいならいいかと、そっと手を伸ばして主任のジャケットの袖口に触れる。
「何?手をつなぎたいの?」
くすっと笑われた。そして「大丈夫、誰もいないよ」と、手をつないでくれた。マンションのエントランスが明々と見えた。入り口の近くに来ても主任が手を離す気配はない。
「た、匠さん、あの……手」
意地悪く笑いながら、主任が俺の目を覗き込む。
「何?離したいの?離したくないの?どっち?」
この明るさの中で恥ずかしいと思うのは俺だけなのかな。主任はあまりにも堂々としてて、何が駄目なのとその目は言っているようで。
「このくらいで照れて、赤くなって可愛いね、蓮。今日は寝るのが少し遅くなっても良いって事だよね?」
ポケットから鍵を取り出す瞬間に離れた手を目で追う。
「離したくなかったのか?じゃあ一晩中つないでてやるから安心して」
自動ドアのロックが解除され、明るいエントランスに足を踏み入れる。
そう、ここが俺の帰る場所。
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