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第240話 匠

 腕の中で素直に甘える上原の事を自慢したいのに、誰にも見せたくない、見せられない。  部屋のドアを開けるのとほぼ同時に、上り口の壁に押し付けるようにしてキスをする。ついさっきまで一緒だった女性の残り香がないか確かめるように、丁寧に髪に頬にと口づけを落とす。  「匠さん?どうしたのですか?」  上原と一緒の時は常に俺には余裕がない。上原本人は気づいていないだろうけれど。  「いつもの事だろう」  靴を脱いで、部屋に転がるようにして入る。暑い室内にじんわりと汗が滲む。  「匠さん、エアコン。ね、少し待ってください。シャワーも浴びてませんし」  「どうせ汗かくから一緒」  シャツの裾をズボンから上に引き出し、下着ごとめくり上げて胸にも口づける。少し呆れ顔をしていた上原も何度も口づけを繰り返すうちに気持ちが追いついてくる。  絡めた舌が柔らかい。こいつの身体は隅から隅まで本当に俺好みだと思う。他の誰かに絡め取られなくてよかった。  俺の首に周った腕に力がはいる。もっとと、引き寄せるように。  身体を沿わせるように体を寄せてくる「ん、はぁっ」口づけの合間に一所懸命に呼吸を整えようとしているが、口元が離れるのが寂しいようで慌てて追いかけてくる。  その仕草が表情が可愛くて、余計に性急な口づけになる。  「匠さん、きもち、い」  うっとりとして見つめられると、もう坂道を転がる車輪のように加速していくだけだ。シャツの中に滑り込んでくる上原の指先が気持ち良い。  「一緒に、ね?」  上原は、寝室のエアコンのスイッチを入れると、シャワーを浴びるために浴室へと促してくる。  「何でお前、そんなに冷静なの?」  そう聞くと笑いながら「直ぐに、俺の方が余裕なくなるの、匠さんが一番知っていることですよね」と笑った。

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