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第243話 蓮

 泡だらけにされて、子供の様に扱われる。甘やかしたいと言われても、ただただ恥ずかしいだけの時間。さすがに髪を乾かしてやると言われた時には、もう許してくださいとしか言えなかった。  「なあ、蓮。お前どうしたい?」  突然聞かれて何の話だか分からず、答えに窮する。  「あの、匠さん?何をですか?」  「ん?ああ、もしも会社を辞めたいというのなら、責任は取るつもりだけれど」  責任を取ると、言われて考えてみる。ただ家で主任の帰りを待って家事をするのだろうか。無理だ。俺にはできない。  仕事はそれなりにやり甲斐があるし、誰かに依存して生きるなんて考えた事もなかった。  正直、将来は兄さんのように家庭を持つのだろうと、漠然とは考えていた。自分が誰かを支えるイメージはどこかにかにあったけれど、庇護されて生きる選択肢はなかった。  もちろん自分の運命が主任と繋がっているとは、この会社に入った頃には想像もしていなかったことだ。  「匠さん、あの、通るかどうか分からないのですが、転属願いを出してみようかと思っています。元の部署には戻してくれるかどうかは分かりませんが、このままアメリカへ送られるのは納得できません」  そう、どう転ぶかは会社次第だけれど。やってみないことにはわからない。翌日、仕事の後帰り支度を始めている坂下係長の前に立った。  「係長、すみませんお時間を少しいただけますか。お話があります」  坂下係長は、手に取ったジャケットをいったんデスクに置くとじっと俺の顔を見た。そして、一言「飯」と、言われた。  ……え?  夕食に誘われたのだと、理解するのに数秒かかってしまった。

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