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第252話 匠
「よう、田上元気か?」
珍しい人に呼び止められた、 同期入社の江口だ。
「お前さあ、部長の持ってきた縁談断ったって本当か?」
こいつは何かと癇に障る奴で、多分俺とは水と油だと思う。考え方も価値観も全く合わない。それは本人も重々承知しているはずだ。遠巻きにしていてくれればいいものをやたらと俺の周囲を嗅ぎ回り邪魔をしようとする。
入社してすぐの研修のプレゼンで俺に負けたと本人は思っているらしいが、そもそもあれは勝ち負けのあるものではなかった。それ以来のライバル視、俺より出世する事を是としている。
「良い縁談だったんだろ?出世への近道なのにそれを断ったお前は、出世レースから外れたな」
そんな話なら興味もない、馬鹿馬鹿しい。わざわざ生産部から営業へ何の話をしにきたのだか。
「まあいいか。それより、お前んとこのヒヨッコ俺が押し付けられたんだぞ。あいつ何やらかしたの?海外事業部ってエリートコースだろ、そこから外された奴なんて押し付けられてもなあ、いい迷惑」
そうだ、こいつは生産管理部だ。こいつの仕事になど全く興味が無かったから思い出しもしなかった。
上原の転属願いはあっさりと通った。海外事業部には生産管理から一人出す事になり、その代わりに上原がそのポジションへと移動になった。
一から勉強するいいチャンスと上原は喜んでいたが、上司がこいつか。面倒な事にならないと良いと思うがこればかりは仕方ない。
「あいつは素直で、いいやつだから。まあ、よろしくな」
「へ?よろしくなんて、お前に言われる日が来るとは想像もしなかったな。ふーん。お前、あのチビお気に入りか?」
余計な事を言ってしまったのだろうか。一番関わりたくない奴が一気に近くにやってきてしまった。
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