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第258話 匠
金曜日は誰もが浮かれ立っている。迷惑な話だが、午後の仕事中から帰りどこへ飲みに行くのかと話をしているやつもいるくらいだ。
仕事とプライベートを分けるくらいの分別は欲しいところだ。
「あの……主任、すみません」
福田が申し訳なさそうな顔をして謝っている。その理由はキャビネットの前で右往左往していている横山だ。ずっとこちらを睨みながらクマのように歩いている。
「週末にお互いの実家に行く事になって。夜8時の新幹線に乗るんです。まだ2時間もあるのにあれですよ」
ため息をついている。それでも本当に困っている顔じゃない、少し嬉しそうに見える。
「良かったな、福田」
「はい、主任のおかげです」
「ご両親には事前に伝えなくて大丈夫なのか?」
「横山の家は大丈夫ですが、問題は私の実家です。母子家庭で一人っ子なんです。孫、期待しているみたいで……」
そのことに関しては俺も何も言えない。「あなたの幸せが一番だ」と言ってくれるとは限らない。それは誰より良く知っている。
「そうか、負けないで頑張れよ。もう仕事上がっていいぞ。数字の打ち込み俺がやっといてやる。横山も不安なんだろうよ」
「えつ!主任がですか、いいえ、大丈夫です。後30分もかかりませんから」
福田はコンピュータに向き直り、仕事を仕上げにかかった。浮かれて飲み会の話を仕事中にしているやつらに見せてやりたいものだ。
俺の仔犬も頑張っているのだろうか。
さて、今日は何時頃帰ってくるのかなと、少し上原に会いたくなった。
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