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第259話 蓮
結局、主任に何も連絡できないまま、終業時間になった。コンピュータの電源を落とすと同時に江口さんが立ち上がる。
「じゃあ行こうか、住んでるのはどこだっけ?この辺りで飲む?それとも駅前まで出る?」
どこに住んでいるのかと聞かれても答えられない。実家と主任のマンションは逆方向だ。
「そうですね。では、この辺りで」
何処に住んでいるのかという質問には答えずにおこうと思った、なぜそう思ったのか分からないが。二人で会社の近くの居酒屋に入った。
「どのくらい飲めるの?ああ、そうだ田上の後輩じゃあかなりいけるくちか?」
「えいえ、私は嗜む程度ですから」
「なあ、もう仕事も終わったし、その口調止めない?無礼講って事でどうだ」
江口さん、本当に良い人だ。仕事の時も俺のことを気にしてくれているし。
「ところで田上ってさ、あいつ付き合っている女とかいるの?」
「え、任ですか?知りませんけど」
普通に答えられたはず、心臓は口から飛び出しそうになっていたけど。
「ん?何か怪しいなあ。本当は知ってるんでしょう?あいつ浮いた噂なくて心配してやってんのよ、誰かいるんなら良いんだけどね」
「俺です」って言えるわけないだろう、けれど何故今ここで主任の話題が出るんだ。
「本当に……何も知りませんけれど」
「そう?そっか、まあいいや。上原、お前もう仕事は慣れた?大変だろう、営業とはまた違って」
良かった。やっと話題が変わった、助かった。
「何とかやっていけているのも江口さんのおかげです。本当にいつもありがとうございます」
そう言うと、江口さんは嬉しそうに笑う。仕事の話を中心に時間は心地よく過ぎていく。
主任にまだ連絡取れていない事が気になりだした俺は、用を足しに行くと伝えて一度席を立った。
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