259 / 336

第259話 蓮

 結局、主任に何も連絡できないまま、終業時間になった。コンピュータの電源を落とすと同時に江口さんが立ち上がる。  「じゃあ行こうか、住んでるのはどこだっけ?この辺りで飲む?それとも駅前まで出る?」  どこに住んでいるのかと聞かれても答えられない。実家と主任のマンションは逆方向だ。  「そうですね。では、この辺りで」  何処に住んでいるのかという質問には答えずにおこうと思った、なぜそう思ったのか分からないが。二人で会社の近くの居酒屋に入った。  「どのくらい飲めるの?ああ、そうだ田上の後輩じゃあかなりいけるくちか?」  「えいえ、私は嗜む程度ですから」  「なあ、もう仕事も終わったし、その口調止めない?無礼講って事でどうだ」 江口さん、本当に良い人だ。仕事の時も俺のことを気にしてくれているし。  「ところで田上ってさ、あいつ付き合っている女とかいるの?」   「え、任ですか?知りませんけど」  普通に答えられたはず、心臓は口から飛び出しそうになっていたけど。  「ん?何か怪しいなあ。本当は知ってるんでしょう?あいつ浮いた噂なくて心配してやってんのよ、誰かいるんなら良いんだけどね」  「俺です」って言えるわけないだろう、けれど何故今ここで主任の話題が出るんだ。  「本当に……何も知りませんけれど」  「そう?そっか、まあいいや。上原、お前もう仕事は慣れた?大変だろう、営業とはまた違って」  良かった。やっと話題が変わった、助かった。  「何とかやっていけているのも江口さんのおかげです。本当にいつもありがとうございます」  そう言うと、江口さんは嬉しそうに笑う。仕事の話を中心に時間は心地よく過ぎていく。  主任にまだ連絡取れていない事が気になりだした俺は、用を足しに行くと伝えて一度席を立った。

ともだちにシェアしよう!