270 / 336
第270話 匠
「えっ?二人で?」
そりゃそうだ。江口が指導役だし、他に誰が行くというのだ。もちろんそんな事は分かっている。ただ、いくら日帰りだからと言っても普段からのあの距離の取り方が気になって仕方ない。上原は素直に何でも鵜呑みにするするし心配だ。
まあ、自分の恋人が他の男と二人で出張と言われて気にならないやつがいるわけない。
「匠さん?どうかしましたか?」
「いや。二人ってのがちょっとな」
「仕事ですよ?」
「まさか飛行機じゃないよな」不安で縋るとか、やられたらといらぬ心配をする。
「違いますよ、新幹線です」上原はくったっくなく笑った。
そして金曜日、上原は「少し遅くなります」と言って元気に出て行った。その夕方、上原から携帯に連絡が入っていた。
俺が連絡に気がついたのは仕事が終わり、帰宅した後だった。
『トラブル発生です。すみません、今日は帰れそうにありません。明日になりますが心配しないでください』
今日は厄日だ。こんな話は聞いてない。すぐに携帯を鳴らす。数回コールしてから切った。馬鹿か俺は、上原は仕事中だ。
何をやっているんだろう。自分がやられて困ることをするなんて。仕事、仕事なんだと、言い聞かせる。
上原からの連絡を待つ、それが正しいのだ。
……時計はついに夜の十時を回ったが、上原からは何も連絡がなかった。
ともだちにシェアしよう!