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第274話 匠

 どういう事だ?上原が、起きないって酒でも飲みすぎたのか?  心臓を直接握りつぶされたように痛い、鼓動さえ止まりそうだ。息ができない。どこにいるのかさえわからない。  何度電話をかけても電源は落とされたままだった。立ち上がる力もなくなる、リビングの低いテーブルの上に直接腰を下ろした、そしてそこから動けなくなってしまった。何をどう間違えたのか、どうして上原があいつに捕まらなくてはならなかったのか考えを巡らせた。  思い当たる節はない。まさか、俺への当てつけなのか。さっきの電話は明らかに俺と上原の関係に気がついている言葉だった。  どこで間違えた、何がまずかったのか。  俺への嫌がらせだとしたら上原は被害者だ。けれど、良い大人が、社会人がそんなことをするのだろうか?  胃がきりきりと痛む、白々と夜は明けていき、射し込んで来る日差しが朝を告げた。もう呼吸をするのも苦しくなった時、上原から着信があった。  『匠さん、おはようございます。あの……昨日はごめんなさい。連絡取れなくてすみませんでした。……疲れてたのかもしれないのですが、食事の途中から何も覚えていなくて』  「蓮、お前……何ともないか?」  『あ、すみません江口さん戻ってきました……帰ってから話しをしますね』  それだけで電話は切れた。嘘だろう、一体何があったんだ。とりあえずシャワーを浴びて少しだけ横になる。少しでもいいから眠ろうとした。  少しうとうととトウトしたが、嫌な夢で目が覚めた。 本当に何があったんだろう。時間が過ぎるのがこんなに遅く感じた事は今までなかった。  強めのコーヒーを入れてソファに腰を下ろす。  「蓮、早く戻ってこい」  自分の吐いた言葉に、何故か江口の笑い声が重なって聞こえた。

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