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第279話 蓮

 月曜日、会社に何事もなかったように行った。意識して変な行動を取れば、相手の思う壺だと主任に言われた。いつもと同じように。  「おはようございます。江口さん」  おや?と、片眉を上げた江口さんが歯を見せてにっと笑う。  「おはよう上原、週末はお疲れ様」  まるで何もなかったように返してくる。この人意外と狸だなと思う。主任が俺の電話からかけたというのに。何事もなかったような顔をしていたが、すっと近くに寄ってくると耳元で話しかけてきた。  「今度、俺も意識のある時に是非お相手願いたいな田上のように」  「それ、パワハラですし、セクハラですから。ご存知でした?」  絶対に譲らない。これ以上主任に嫌な思いはさせない。素知らぬ顔ですっと離れるとコンピュータを立ち上げる。  鼻を鳴らして笑われた。あれ本当はこの人、面倒くさい人なのかもと思った。  それ以来、わざと手が触れるほどの距離感は変わらないが、別に何か言われる事はなかった。  あの時の出張の夜は何だったのだろうと思う。偶然泊まることになったところが旅館で同じ部屋だったからと言って、何か飲み物に入れられたのだろうか。  普段からとんでもないもの持ち歩く上司ってどうなのと思う。遊んでるとは聞いていたけど、とんでもない遊び方してるんだろうなと思う。近づかない、この人は危ない。  君子危うきに近寄らずだ、距離をとろう。

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