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第281話 蓮

 主任がやたらと江口さんの事を気にするから、会社の話は家では極力しない事にした。  仕事上の付き合いだけだと、本当にいい上司なのだ。指示も的確、何をどうすれば良いのかよくわかる。どうすれば良いのかと、考え始めた瞬間に間髪を入れずアドバイスが入る。  「ありがとうございます」  そう答えると「いやいや」と、言いながら肩に手をまわす。わざとなのは分かっているけれど、こちらが嫌がっているのだからやめて欲しい。  ぱんと、肩に回されそうな手を払った。  「おや、つれないねえ」  何を言っているのか、この人は本当に懲りない。  「俺さ、結構頑張って上原のこと指導して、可愛がってるよね。どう?伝わっていない?可愛い後輩への優しい気持ち」  「何がですか?最近は、誰かへ向けた悪意しか伝わってきません」  戯れてるとは思えない。この人の冗談は苦手だ。  「まったく、誰もかれも田上の何がそんなに良いのかねえ」  呟くように言われた言葉に心臓をえぐられそうになる。周りを見回して誰も聞いていないのか慌てて確認する。  「上原、一度俺と付き合ってみる?田上と比べてみるか?」  まただ、主任と競っている。その対象から外して欲しい。  「え、何の話でしょうか?」  知らない方がいいこともあるのだろう。この江口さんの行動を主任に知れたら大変だ。会社辞めさせられて閉じ込められてしまいそう。

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