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第287話 蓮
「主任が来る前に携帯を貸してください。写真、消させて下さい。主任に携帯壊されたく無いですよね。消させてもらえないなら、今からこのピッチャーに江口さんの携帯沈めますよ」
主任には見せてない方の写真には、江口さんの手が写り込んでる。その手が俺の下着の中にあるように見えるのだけれど。それ以上は何も言いたくない。
「まあ、そうなるよね。だからあいつ来るの嫌なんだけど。ここで大騒ぎする事は無いとは思うけど。会社の奴等もよく来る店でしょ?」
あの日の事は、何もなかった。だからこんな写真を白日の下にさらされるのは困る。
江口さんにとってもプラスにはならないと思うのに。
「心配そうな顔も可愛いな。何もしてないから安心しろ。他の男の名前を呼ばれて興ざめしたからさ」
何かあるところだったのか?
「早く消させて下さい。江口さん信頼できませんから、自分で消します」
ため息をついた江口さんが携帯を寄越した。ロック解除の番号は0704だと言う。まさか俺の誕生日と同じとは。
アルバムを開いて自分の写真を削除する。何枚あるんだよ、これどうするつもりだったんだ。
「クラウドには上げてませんよね、バックアップなんて無いですよね?」
確認すると、写真のパックアップは無いと言う。写真をあちこち置いとくと後で埃出るだけだからねと笑われた。
やっぱり遊び人だ、この人。ロック番号の設定もわざとだろう。お前のことを知っているよと言いたいのだろうか。
「羨ましいな、田上が。俺さ、諦め悪く足掻いてみてもいいかなと思い始めててさ。無理ならさっさと次行くってのを今回は止めてみようかなと」
「ダメだ、諦めろ」
「田上⁉︎」
「主任?」
二人同時に声が出た。
「写真はどうした、蓮?」
「ちゃんと消してもらいましたよ」
そう伝えると主任が、頭をぽんと軽く触った。その仕草が嬉しくて、笑顔になる。
「あー、何だかいいなあお前ら。やっぱ、諦められないや。上原、一度で良いから俺と付き合ってみない?世界変わるかもよ」
「いえ、結構です。今いるこの世界が全てですから。帰りますね、失礼します」
「ここは俺が払ってやるから、一人寂しく飯食って帰れ」
それに答えてひらひらと手を振る江口さんがいた。
少し可哀想かもしれないと思ったけれど、そんな事言って地雷を踏むのは嫌だ。頭をさげるとその場を後にした。
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