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第291話 蓮
主任の産まれて育った街。
一度で良いから見てみたかった。
新幹線に乗ってすぐに移動できる距離なのに主任は十年以上帰ってないのだと聞いて驚いた。
観光地ではないし何もないところだと主任は言うけれど、俺にとっては一番行ってみたい場所のひとつだ。
新幹線を降りてそれからローカル線に乗り換える。
窓から見える風景は、海の近い千葉のおじいちゃんの家とは全く違って山の中だ。のどかな風景を見ながら、この風景が主任を育んでくれたのだと思うだけで心が暖かくなる。
山間の町の駅で降りると、駅前からバスに乗る。気が付くと、隣にいる主任がだんだん落ち着かなかくなってきたようだった。
「匠さん、大丈夫ですか?」
「なぜかな、緊張しているみたいだ」
膝に置かれた主任の手の上に、そっと手を乗せる。軽く俺の手を握り返してくれた主任が微笑むと、少しほっとした。無理矢理、傷口を広げたいわけじやない。
全てを知りたいと思うのは欲張りなんだろうか。
バスを主任が卒業した小学校の近くで降りた。野球の練習をする小学生が見えるグラウンドで主任の表情がすごく優しくなった。
「懐かしいな、変わってない」
遠くを見るようなその目は何を思っているのかなと知りたくなる。
「匠さんは、どんな小学生だったんですか?」
「ん?素直じゃない、嫌なやつだったかな」
想像できてしまい、ぷっと吹き出してしまった。額をピンと指先で弾かれた。
一緒に通学路を歩いてみる。
「あ、あそこの角にある壊れかけた店。あそこ駄菓子屋だったんだよね。もうなくなったのか、あれ?こんなとこにコンビニが出来ている」
主任が珍しくはしゃぐ姿を見て、来てよかったなと思った。主任が中学の時よく通っていたラーメン屋に案内された。醤油味のあっさりした味のラーメンに懐かしいような感覚を覚えた。
またひとつ、主任の事が分かった。そしてもっと好きになる。
終着駅さえ見えない関係なのにこんなに幸せ。俺だけが幸せじゃダメなんだけど。主任が横で笑ってくれている限りそれで充分だと思える。
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