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第294話 匠
全く上原の行動は大胆だ。いきなり母親に話しかけた時は心臓が飛び出しそうだった。
こいつはいつもそうだ。真っ直ぐで、驚くほど行動力がある。とても守られて静かに暮らせるようなやつじゃない、改めて上原がいて良かったと思う。
「今日は絶対にしませんよ。嫌ですよ旅館でなんて」そう言い張る上原を懐柔して布団に引きずり込む。
何度か繰り返し口づけを落とすと、だんだんと抵抗する力が抜けて来る。駄目ですからと言う言葉が空回りし出した。
あと一歩と、胸に音を立てて口づけると、上原の身体からは観念したように力が抜けて、目をゆっくりと閉じた。
結局、二回戦に持ち込んだ頃には上気した瞳が揺れて脚を俺の腰に巻きつけて来た。
「あれ?今日はしないんじゃなかったの?」
「んっも少し、だけ、も、ちょっとこのままで、いたいです」
いつものように最後は「匠さん、好きです」と言いながら上原は果てた。そして俺もその余韻に引っ張られて達した。
翌朝、布団から、だるそうに部屋の外についている露天風呂へと入って行った上原は自分の身体につけられた跡を見て「またですか!」と、驚いた声をあげていた。
帰り際、旅館の入り口で名残惜しそうに振り返る上原が可愛くて。
「また来ような」
そう言いながら、頭をくしゃくしゃとすると、上原の顔が嬉しそうに崩れる。
「仲がよろしいのですね、ご兄弟ですか?」
仲居さんがにこにことしながら声をかけてきた。
「はい、大切な家族です」
満面の笑みでそう答える上原をみていて、本当に家族になりたいと心から思った。結婚できるわけじゃ無いけれど、一生そばにいる誓いを立てようと、思った。
正式に上原のご両親に挨拶に行きたいと、そう思っていた。
……今思えば、この時本当にそうしておけば良かったんだ。
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