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第297話 蓮
「後で警察の方から正式に状況の説明があるはずだけど、左足の骨折だけで済んで運が良かったよ」
「事故ですか?」
「覚えてはいないようだね」
「すみません、先生」
「いや、君が謝ることじゃない。MRIの結果も異常無かったし、骨折の経過次第で退院できると思うよ」
記憶に霞がかかった部分がある。お見舞いに来てくれた人の中に何人も知らない人が居て不思議だった。
土下座するように謝ってきたのは、俺の上司という人らしい。
確か名前を江口さんと名乗っていた。
彼の話によると、道端で揉めて道路に倒れこんだ俺が車に弾き飛ばされたらしい。
揉めたって事は俺にも非があるんじゃないのかと思う?けれど、その事実さえ覚えていないのだからどうしようもない。そして、彼も一体何が原因で揉めたのかについては一切触れてこなかった。
そして、真っ青で震えながら立っていた男性は何も言わずに出て行った。また来るとだけ言い残して。あの人は誰だろう。名前も告げてはくれなかった。
同期という人、後輩という人。見た事の無い人が次々と来た。向こうは知っているのに俺は誰も知らないという不思議な体験をした。
小学生のはずのザックは高校生になっていて、俺よりガタイも大きくなっていた。日本に留学していて、俺の実家にいるんだと笑う。ザックを見ているとほっとする。毎日学校の帰りに寄ってくれて話をしてくれる。
兄貴はなぜか結婚していて、お腹の大きな女性が俺の義姉さんだと言う。
まるでタイムスリップしたみたいだ、全てが陳腐に見えてしかたない。
ショックだったのは、祖母が亡くなっていたという事実。そして、それを自分が覚えていないという事だった。
足が自由に動かない事を除いては、体調は悪くない。ただ頭にかかった霞のようなものの奥で何か大切な事を忘れていると誰かが言っている気がしていた。
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