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第299話 蓮

 自分にここ最近五年の記憶が無いと言う事はわかった。何かの拍子に思い出すかもしれないし、このまま思い出さないかもしれないと言う。  無理に考えても無駄だと悟った。  意識がなかったのは一日だけだったらしい。なのにテレビを見ても何をしても違和感は残る。初めて見るものが多すぎる。  十九歳からの人生やり直しするよと、家族には宣言した。  三日後に新しい携帯をザックが届けてくれた。持っていたやつは事故の時壊れて何も取り出せない状態だと言う。  「これ、液晶画面がでかいんだけど」  見たこともない携帯の機種だったはずなのに、なぜか違和感なく扱えた。  あれ?この携帯と同じ物を持っていたのか。  「蓮、通信アプリいれてよ、パスワードが分かれば前のデータを引き継げるしさ」  ザックに言われた通りにやってみるが、そのソフト自体が馴染みが無い。昔の知り合いからの連絡も記憶を取り戻すきっかけになるかもでしょうと言われても。  けれど肝心のパスワードが全くわからない。携帯をいじっていたら田上さんが入ってきた。彼は毎日他愛も無い話をしにくる。会社の事とか、ニュースとか。俺この人と親しかったのだろうかと、思うけれどその事については誰に聞いても答えが返ってこない。  「蓮、携帯買ったのか」  やっぱり呼び捨て、親しかったんだろうな。でもこの人と話すのは苦じゃ無い。ザックは田上さんが来ると「帰るから、パスワードその人に聞いてみたら?知っているかもしれないよ」と言いながら出て行った。  「どうしたの?」  頭にポンと手を置かれる。これも不快じゃ無い。何を忘れているんだろう。  「いえ、昔の友達からの連絡が取れるようにと言われたのですけれどパスワードわからないのです」  「ちょっと貸して」  差し出された手に携帯を乗せた。何度か入力した後で「ああ、これか。なるほどね」そう言って返された。  この人は俺の何を知っているんだろう。

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