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第302話 匠
蓮は全てを思い出すのはすぐだと思っていた。事故の傷が癒えるよりも早いと思っていたのに、一週間経ち何も変化のない事態に、少しずつ諦めなければいけないのかもしれないと思始めた。
また一からやり直しても必ず俺の元に戻ってきてくれる、そう信じたい。
こうやって上原の記憶から消えると、何も俺たちの関係を支えるものがなくなった事に驚く。一緒に築き上げたものなど何もない、そして社会的にも何もないのだ。
一生離れないと誓っていたが、なんと脆く不安定な関係だったのかと思い知らされた。
あの日上原は、一睡もしていない状態で仕事をこなした。そして、その夜事故が起きた。
一睡もせず、心も疲弊したときの出張、ほんの少しのアルコールで、足元がおぼつかなくなった上原を江口が抱え上げるようにして店から連れ出した。その時、江口がどういう気持ちだったのか、上原をどうにかしようとしていたのかは江口にしか分からない。
酔ってぼんやりとした意識の中で江口から逃げようと上原がもがいたのだと言う。俺の所為だ、俺を不安にさせないため上原が無理をした。そして、バランスを崩し道路側に倒れこんだのだと言う。
江口がすまなかったと謝ってきたが、俺に謝られても上原は戻らない直接上原に謝れと伝えた。普段からの江口の態度から上原が用心したのも仕方ない。
それ以上に今回は俺に非がある。あの日の精神状態の悪さと、睡眠不足は完全に俺が悪い。それされなければ……。
江口が責任を取ると言っているが、どうやって責任を取るというのだ。上原の家族にも江口と俺との確執のことや、上原への執着に関しては伝えていない。伝えられるはずがない。酔った上原を自分のせいで事故にあわせたと江口は告げていた。
上原、思い出して欲しい、二人で築き上げた時間は形がなくてもどこかに何かを残してはいないのだろうか。
江口はすっかり鳴りを潜めてしまった。自分のやった事に怖くなったのだろう。これで良かったのだろうか?少なくとも上原のご両親はこれで良かったと思っているのだろう。
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