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第304話 匠

 空港から真っ直ぐ病院へと向かった。  大部屋に移ったと上原から連絡をもらっていた。訪れた外科病棟は意外に元気な人が多かった。  窓際の奥のベッドに上原の顔を認めて心が躍る。そばに寄ると、上原は花のように笑う。少し細くなった目が柔らかい。  「蓮、ただいま」  ベッドの横の椅子に腰掛けると、いつものように頭をポンと軽く叩く。手を乗せようとしたその瞬間にこちらへ少し頭を傾げる仕草は意識外に体に染み付いた習性なのかもしれない。  思い出してくれ上原、頼む。  「これお土産、お前の好きそうなもの探してみたよ」  そう言われて袋を覗き込む姿が可愛い。中身は上原の好きそうなとイチゴを使った可愛らしいお菓子やスイートポテト。  「田上さん、私の好みもご存知なのですね」  嬉しそうに俺の顔を見る。  「ああ、食事に一緒行くと俺のデザートはいつも蓮の胃袋の中に消えるからね」  「そうだったのですか、すみません」  「いや、俺は甘いものは得意じゃないから、蓮が美味しそうに食べるのを見るのが好きなんだよ」  一瞬、顔が赤くなったような気がするが、勘違いなのか。  「あの、私の事をよくご存知なのなら、あの……私が付き合っていた人を……ご存知だったりしませんか?」  ああ、やはり何も思い出せないのたな。  「知ってると言えば、知ってるかな」  「あの、そのひとって女性ですか?」  どういう質問だ?誰かに何か言われたのか?  「ザック……って事は…ないですよね?」  どういうことだ、ザックにしてやられたと言う事なのか。  「蓮はどう思う?お前はザックの恋人だったと思うの?」  「何か違うような。でも、そうかもしれないと」  出張の間に何かあったのは確実。お前は俺の恋人だと叫びたくなった。理性を総動員して踏みとどまる。  もしも、今ここであいつに上原を持ってかれるとしたら俺が最後に上原を信じずに事故に合わせた罰だろう。  「蓮、自分でよく考えろ。誰かに言われたからじゃなくて。今日は出張帰りだからもう失礼する。明日また来るよ」  縋るような目で追われる。本当に俺との事を何も覚えていないのか?手を髪の中に潜らせる。以前のように気持ちよさそうに俺にされるがまま。  今すぐ抱きしめたいと思う感情を押し殺して立ち上がる。  病室を後にする時後ろ髪を引かれるような思いがした。

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