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第305話 蓮

 松葉杖で普通に歩けるようになり、今後のリハビリは近所の整形外科で行うと言う形で退院して自宅へ帰った。  親から建て替えたと聞いてはいたが、何だろうこの違和感。自分の家だと言うのに、俺が生活していたという感じが全くしない。  二階には上がれないだろうから一階の和室を使ようにと母親に言われてもちろん納得した。  それでも気になることがあり家族が出かけたあと、自分の部屋に入ってみた。もしかして何か思い出すかもと、誰もいない昼間に壁を伝って自分の部屋に入った。  部屋を見回して驚いた。部屋ははずっとザックが使っているからか、完全に彼の部屋になっている。それは理解できた。  俺の荷物はほぼ全部、二階奥の物置に入れてあった。確かに社会人として働いていたのだから、学生の時の荷物はないだろう。そのことは理解できても、最近使っていたはずの荷物はどこにあるのだろう。  新しく立て替えた家自体に馴染みがない事より、この空間で俺自身が生活していたとは到底思えないという事実に驚いた。  見つけた私物は、全てダンボールの中に入っていた。  俺って……どこに住んでたんだ?そう疑問がわいてくる。  一番手前にある箱を開けてみる。見覚えのないグレーのスウェットの上下が入っていた。 明らかにオーバーサイズ。これは俺のなのかと、取り出してみる。洗濯でくたくたになった生地が柔らかい手触りだ。  持ち上げると何故か懐かしい、香りがする。ああ、なんだろう。何か忘れている何かがチクチクと胸を刺してくる。  手を通すと、明らかに自分には大きいサイズなのに身体に一番沿うような気がした。何かが頭の中でこれが正解だと言っているような気がした、それが何をわからなことが悔しくて悲しくて仕方なかった。

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