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第306話 匠

 上原から退院しますと連絡があった、これからは自宅でリハビリですと。  退院できることは嬉しいことなのだが、これで毎日会いに行くわけにはいかなくなってしまった。病院にいてくれたほうがどれだけ、会いに行きやすかったか。  そしてそれは、ザックと同じ屋根の下で生活をするという事も意味する。どちらが先なのかと言う順番の問題ではないと分かっているが、ザックが上原に対して既にアクションをとったことは間違いない。  出遅れた状態で、さらに上原との距離が開いて行くのは何より困る。そして、一ヶ月上原に触れさえいないのだ。夜中に無意識にあいつの体の温もりを探してしまう。  昼休みに携帯をチェックする。今まで、会社で恋人からの連絡を待っているやつを見て鼻で笑ったものだった。しかし、今は昼休みと終業時間に確認してしまう。上原からの連絡を待ち焦がれるように。退院してしまった今、もうこれが唯一の上原との連絡手段になってしまった。  その日の昼休み上原からメールが来ていた。  『私が事故にあう前に住んでいた場所をご存知ではありませんか?』  それだけのメッセージ、どう返答するべきなのか一瞬ためらう。  そして意を決して、エレベーターホールへ出て上原に電話をかけた。  「もしもし蓮?お前、自分が以前住んでいたところへ行ってみたいか?」  行きたいと、答える上原に明日の昼ごろ迎えに行くと伝えた。そしてそのままデスクに戻ると有給の申請書を提出した。

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