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第307話 蓮
「蓮、今日は母さんお友達と舞台見に行って、食事して帰るから昼は店屋物でもとってね。お金はテーブルにおいてあるし、夕飯までには帰りますから」
母親が家を空けることは殆ど無かった、いや無いと思っていたが、それは昔の話だったようだ。
やれ観劇だ、やれ何かの教室だと、ほぼ毎日出歩く。確かに俺が社会人になってしまってからは、一人で家にいるだけになったはずだ。それも仕方ないのかもしれない。
月日は確実に流れている、留まっているのは俺だけ。
そんな事を考えながら和室の縁側でぼんやりと庭を眺めていた。突然目の前に田上さんが現れた、サッシを解錠すると田上さんが笑う。田上さんの笑顔を見たらなぜかじんと身体のそこから痺れが広がり身体が震えた。
「おはよう、外にお母さんの車がなかったからね。玄関まで迎えに来るの大変かなと思ってこっちに回って正解だったね」
家の造りをよく知っている、だから庭に回ったのだろうか。
「ここからちょっと失礼するよ」
そう言って上がると、サッシを閉め迷わず玄関に自分の靴を置きに行った。
「田上さん、よく私の家にいらしてたんですか?」
「ん?まあね。じゃあ出かけようか」
いきなり抱き上げられて、驚いた。
「えっ、あのっ」
「松葉杖よりこうすれば早いだろう」
軽々と抱え上げられ、玄関前に停められた車まで連れて行かれた。人に抱えあげられるなんて大人になってあるなんて思いもしなかった。恥ずかしくて下を向いてしまう。
「お前の反応って変わらないのな」
ふっと笑いながら言われた言葉の意味がわからなかった。
田上さんが玄関に置いてあった鍵を使って玄関を施錠した。あまりに当たり前に振る舞うので、驚きを隠せなかった。
「以前、何度かお邪魔していたからね」
俺にそう告げると、田上さんは静かに車を走らせた。
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