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第308話 匠
二人で暮らしていたマンションの下まで車で連れて行った、上原は初めて見る街だという。
部屋に上げるべきなのか?
誰かと暮らしていたと言うのが分かるだろう、そしてその鍵を持つ俺。誰と暮らしていたかは一目瞭然だ。そして、なぜという疑問に当たることになる。それはそれで、進歩するきっかけかもしれないとも思う。
本音を言えば、押し倒して、なし崩しにしてしまいたいと言う願望がある。その一方、何も知らない上原に無理に過去を押し付けてどうするんだと言う気持ちもある。
すでに車中という狭い空間に二人きりだった。それだけで俺の身体は反応している。気持ちと身体を落ち着けるために大きく息を吐く。
上原は当たりを見回しそしてマンションを見上げ、振り返って不思議そうな顔をした。
「このマンション少し大きくないですか?ワンルームじゃないような。ファミリー向けのように見えるのですが……」
「さあ、どうだろうな。蓮に覚えがないのならどちらでも意味がないだろう。家に戻りたいか?」
口ではそう言いながらも、どこかに部屋に連れ込んで丸め込もうと思っている俺がいる。
「中って見ることは出来ないですよね。当然か……」
ぼそっと言う上原の一言に、帰そうと思っていた自分の気持ちがぐらりと揺れた。
「それはお前の住んでいた部屋ってこと?」
「え?いえ、玄関ホールくらいなら入れるかなと。自分の住んでいたってところと言われてもあまりにも実感がないのです。そもそも、今その部屋って誰がどうやって管理しているのでしょうか」
部屋に連れて行く、多分そのつもりだった。昨日の時点では。二人きりになる空間と時間が欲しかった。そして今、自分が怖気づいていることに驚いている。
過去を忘れた蓮に拒絶されて、二度と元に戻れなくなること。それが今、何より怖いのだ。
「もしも、その部屋に入れると言ったらどうする?」
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