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第311話 匠

 ソファに座らせると、前に投げ出した脚がギブスで固定されていて痛々しく見える。  それ以外は……ついこの間まで上原のいた空間と何も変わらない風景だ。あいつがいるだけでこの部屋は暖かくなる。  「あ、コーヒーありがとうございます。あの……」  上原の言いかけた言葉を遮る。  「知ってるよ、大丈夫」  いつものようにミルクと少し多めの砂糖を入れて渡す。  「あ、美味しい。本当に何でもご存知なのですね」  「何でも?そうかもしれないな。多分、蓮が知らない蓮自身の事も知ってるよ」  俺の腕の中で、眠る姿。そして抱かれた時のあの可愛さも、誰も知らない。俺だけのもの。  「田上さん、……あの、一つ聞いても良いですか。まさかとは思うのですが、ここで田上さんと一緒に暮らしていたのですか?」  「だとしたら?」  「なぜ、ここに住んでいたのでしょうか?」  ここに住んでいたと確信した上原の質問にどう答えるべきか、恋人だったと言うだけなら簡単なのだが、けれどその先が……読めない。  黙って側に寄る、上原は逃げようとする気配も無い。ゆっくりと距離を縮める。  ソファの後ろに立つと、後ろから覆い被さるようにして軽く抱きしめた。  「嫌なら手を振りほどいてくれないか?」  「田上さん、すっごい心臓の音がします……あれ?俺もだ……」  どちらの心拍数が速いのかわからないくらい上原の心音と俺の心音が同期する。  「蓮、キスしても良い?」

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